GWさなかの野島公園(貧果)《更新》
去年ほど緩いのか?キツいのか?分からない緊急事態宣言です。
横浜も例外ではなく、海の公園は立ち入り禁止になりました。
3密などと言いますが、空気でCOVIDは運ばれますから、1番いいのはお金をあげて家に居なさいが良いのです。
東部横浜・横須賀の入口品川です。
横須賀線よりお買い得ですが、COVIDがなければもっと混んだでしょう。
帰り道店から流れるラジオでは、横横道路や釜利谷が数キロ渋滞だの言っていましたか、車も便利ではありません。
まさに、新幹線の車窓から🚃
京急は速いと言いますが、品川~堀之内くらいでしょう。
川崎多摩川を渡ります。
賢者たちのブルーシート住処を越します。
いや、ホント賢者です。
天候から様々なものを読み取り行動し、法の目を掻い潜り、街の幸をも取り入れる。
悟りです。
悟れない私は地べたを這い回る。
金沢文庫からひたすら歩きます。
今日は小潮14時半で30cmですが、やや出遅れた感はあります。
横浜市民のタンパク源。
いや、話を聞くと八王子だの町田だのから来ているのもいるそうですから、あちこちのタンパク源です。
しかも、無料。
飽きたグループや、家が遠いファミリーは早々、お片付けに入っていました。
端的にいえば、今年は不作です。
アサリはおろか、シオフキやマテ貝へ保険をかけているのもいましたし、今年も「どっさり」という虫のいい話ではありません。
野島山に日が沈むと急に冷え込む。
海水で満ちていますが、これでもまだ浅いです。
しかし、午後の薄ら寒さは浜から人を遠ざけます。
で、私が何をとったか?
ハナから外道狙いでした。
アカニシの子供。
最初から外道狙いというのも変人みたいですが、案の定、浜に浅利などいない。
イシガニの子供🦀
両腕失いリハビリ中でしたのでリリースしました。
ガンガラ(コシダカガンガラ)。
磯物も少ない。
あれほど、人間が浜に出れば干潟に緊張が走るのは当たり前です。
足の遅いものは連れ去られ、動けるものは影でジッとしている始末でしょう。
人間が去れば、今度は私が出歩きますから、やや動きの遅い生き物は狙われます。
小柴の魚市場は臨休です。
アナゴ丼や魚介類(あなご、しゃこ、あさり、スズキ)が有名ですか、私には高く過ぎて見てるだけです。
どこまでも冷やかします。
良型のガンガラ。
なお、コシダカガンガラは「シッタカ」にまとめられて扱う漁村もありますから、漁業権のある地域は注意した方がいい。
シッタカは本名がバテイラでして、コシダカガンガラの仲間ですが、味がいいので流通します。
ガンガラも少なかったので今回はパス。
本当は夕方が彼らの活動時間ですが、そこまで付き合ってられません。
私にも一応、家があるのです。
今日は獲物0。
「誰がために医師はいる」を読む
昨日、紀伊國屋書店で手に入れました。
¥3,000近くもしました。
2日は少食でいけば持ち堪えられます。
良書というのは、やはり、それなりの代価を要求してきますから、目を瞑らなければなりません。
もう、半分近く読みましたが内容が…いや、文章が文学的で現代文学に匹敵するか、それ以上の本質や深淵を語っています。
ふわついた内容で良しとするのがあれば、深さでないと納得しないのもありますが、私はどうやら後者のようです。
ところで、ツイッタランドでS医師がいました。絵描きさんでもありましたが、ツイッタを去ってだいぶ経ちます。
内容がペシミスティックな文章を書いたりしましたが、どれも核心をついたものでした。
「虐待社会」
COVIDでうるさいですが、それ以前からハラスメントについて…あるいは体育会系しごきが暗に言われた悪文化とされています。
S医師はしごきがまかり通るのを虐待社会と言っていました。
しごきですから、老若男女で強いものが弱いものを言動で制します。
強く言えたり体現できたりするのが、吟味せず良いとされてしまいます。
神話が原型だと信望する心理士ですら「対決」がどこかで必要と言いますから、彼のいた当時は人権意識がそだっていなかったんじゃないか?と思うくらいです。
さて、何故S医師を出したか?と言いますのも、多かれ少なかれ、世の中は虐待社会であり、そこからドロップアウトした場合に、困った人ができ上がるということです。
早い話、上手くいくのは上手く行けるし、上手くいかないのは上手くいかない。
器用さや能力にも関わりますが、核心になるのはタフさ…丈夫さでしょう。
いかに厚かましく振る舞えるか、強く出せるか?などです。
スティグマというのは、過去のものといいますが、結局のところ(この国で)生きていれば、10代で受けることもあれば、30代で受けることもある。
昔話では、40代で暴虐に遭い、吐血して死んだというのもありますが、あながち嘘ではないと思います。
Dr.松本の本を読み私は人間が、もっとわからなくなりました。
上手くいくのはドラッグを使いながら上手くいっているし、上手くいかないのは何をしても上手くいく道を見つけないでいる。
ある意味、生命力のようなものでしょうか?
生命力は単にパワーや機敏さだけでなく、器用さや狡猾さも、口のうまさや、機転が利くなどもあるように思います。
筒井先生の七瀬シリーズでは、ドロドロした人間心理が描かれていますが、あの場合、アレが普通だと思えば聖痕にならない。
アレに疑問を抱くようなら苦悩になる。
苦悩せずに生きればいいというと「困った人」が出てきますから、難しいのです。
不登校研究の専門家に聞くと50年前と問題の本質はまったく変わっていないと言いますから、人が自由に・・・「らしく」生きて何が問題なの?という親御さんの意見は変わらないのでしょう。
たぶん、昔らしたら勘当や家出で済んだ話なのかもしれません。
だって、親子といえ同じ人格だと思う方が滑稽ですし、嫌なら出ていけ!は乱暴ですが、乱暴な中に残酷な知恵があったのではないか?
要は問題が出れば解決せずに放り出すみたいな。
私の予想というか妄想では、世代間の違い・・・いや、親子間の齟齬が出るというのはアーキタイプを感じさせますし、対話やダイアローグでも無理なら諦めるしかないと想います。
勘当や家出、逃げた方が困った人を出さないなら、その方がよろしい。
新宿への旅?
旅でなく業務上のアレです。
なるべく、面白おかしくネタを探すには目標を決めて
そこから連想できることを書けばいいのです。
この南北に走る大通りは南は深川の車両センターまで北は浅草通りにぶつかります。
なお、錦糸町は東西線でいうなら東陽町あたり、新宿線なら住吉あたり。
鳥越神社まえ。
孤独のグルメでは、確か2回くらいここらの料理屋が出たような覚えがあります。
市ヶ谷駅前のお濠。
夏はアオコが凄いです。有害なアオコもあるようですから、道頓堀に飛び込むのは正気の沙汰ではありません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
用が済むと大雨と雷の酷さ⚡
紀伊國屋書店。
もう少し前に終わればドップリと本の世界に現実逃避出来たのですが、遅くなってしまいました。
また、緊急事態宣言でISETANなどのデカいショップが20時、紀伊國屋書店も(元から)20時と、雨とCOVIDのダブルパンチは、寒さと惨めさが特に気になります。
西口BOOK・OFF。
21時までですから、少し雨宿りして様子を見ましょう。
ダメなら、新宿駅地下のフリースペースで雨宿りです。
京王百貨店も真っ暗です。
そういえば、来る時に都が宣伝カーで「COVIDで緊急事態宣言でてるから早く帰りなさい」と盛んに訴えていました。まるで、子供や若い子を諭すような感じでしたが、若いオジ○ンやオバ○ン(※)や大きなお友達も含まれるのでしょうか?
(※)ハラスメント用語になりつつあります。
雷が酷いです。落ちたところは四ツ谷辺りじゃないかしら?
帰り道、バスタ新宿駅、IKEA新宿三丁目を抜けます。
御苑を抜けた先にある美味そうな焼き芋看板。
たぶん、本物より美味そうです。
サツマイモは脾臓、胃袋を養うと言いますから消化器への癒しです。
四ツ谷駅。
たぶん、中央快速より2輪の方が速い。
新宿から四ツ谷は半円を書くように線路がありますが、甲州街道は真っ直ぐ横切ります。
(※)イグナチオ教会では困窮者向けの相談会、食料配布が5/3と5/5にあるようです。主催はイグナチオではありませんから、連絡しないように。
読売東京本社前。
GWです。この先のコレド日本橋も暗かったです。
緊急事態宣言は新宿に限らず都心東側も含まれます。
どちらかというと、東側は文屋の場合です。
出版社も神田や錦に集中してます。
江東橋。
スカツリの動くモニュメントもなく地味でした。
しかし、スカツリを撮るなら蔵前橋通りや本所吾妻橋に行ってご覧といいます。
ここは、ビルが邪魔します。
錦糸町PARCO。
私はOIOIのジャパンミートを贔屓にしてますが、結局は使いやすさでしょう。SEIYUやLIFEもありますが、珍奇性が大いにあるのはジャパンミートが秀でています。
また、ジャパンミートでは大陸のファミリーも見受けられます。
このあと、亀戸~平和通り~小岩に入り帰りました。
久しぶり横須賀②《更新》
浜での散策は続きます。
高級品の殻。
サザエの殻です。中身はどこに逝ったのでしょう?
いや、ヘビの如く遊びに行くはずがありません。
サザエのトゲについては・・・
トゲあり→荒海
トゲ無し→内湾
と、説がありますが、どちらにも居るというのが現代のようです。
また、遺伝子によるとか、環境DNAによるとか、論争の火種になりますから、初心者や平和主義者は口をつぐんでいた方が賢明でしょう。
ボタンボウフウ。
体内に塩を含ませる山菜。
塩味がありますから、調理は考えなくてはいけません。
また、浜でない限り栽培は難しそうです。海で飛び散る塩分を使っていると言われますから。
これも、体内に塩を持っています。
齧ると塩味を感じます。
群生していますから壊滅させない程度に頂きます。
先端はトゲトゲしていて痛い。
そういえば、野菜売り場でもまれに見かけます。
おなじみハマダイコン。
サヤが固いかどうかを調べるには、指先のように1点決めてしまい、そこのさやを齧ってみます。それが柔らかければ穂先に向かうものはは柔らかい。
固ければ穂先のさやをまた試せばいいのです。
植え込みで元気を振るうアシタバ。
アシタバがお茶になりますから、伸びきってしまった葉も活用したいところです。
ただ、外で干して煎ればいいだけの話です。
捨てるところがありません。
シーグラスを並べてみました。
私はヒマ人ではありません。
先に下書きするとラクです。
魔術師になった気分に浸れます。
モノを置きやすいだけです。
綺麗か?汚いか?は問いません。
途中、SP(※)に寄りました。
(※)スーパーマーケット。
意外と安かったです。
コオロギチップが(¥398)などと珍奇性も損なわないで、ツボを押さえています。
豆乳も¥118で近郊でその値段は有り得ない。
高速で帰ります(京急)。
加減速ばかりするからキライというのも有り得ます。
仕方ないです。JRや東急と競争してますし、品川から羽田への直通が開業すればますます厳しくなるでしょう。
今日の獲物。
山菜は火を通して成長を止めます。
オカヒジキ:塩味があるのでダシでシンプルにいきたい。
ハマダイコン:クセがないのであらゆる料理向き。
ツルナ:やや強めの味つけで調理するとよろしい。
スガイも湯掻いてしまいます。
塩と酒で茹でる。
私にとってのスタンダードな磯の味です。誰がなんと言おうが張り倒しに来ようと磯の味です。
振れば出てくるという身離れの良さ。
内臓は砂がありますから肉と性腺だけ食べるようにするとよろしい。
・・・それにしてもデカいです。
断っておきますが小サザエではありません。サザエ改め「スガイのつぼ焼き」でもいけるんじゃないかしら?しょう油でも垂らしてジュワーと🐚
実は、時間があれば横浜へカニを狙いを考えていました。あまりにも海村の風情が私をカタルシスに導いたため動けなくなったのです🦀
普段が如何に穢れ、日頃の行いが悪いか反省のしどころかでしょう。
久しぶり横須賀《更新》
GW始めの山手線が減便になり、めちゃくちゃ混んだそうです。緊急事態宣言ゆえ、乗客コントロールを図ったのでしょう。
「原物なけりゃ使わんだろぉ~」
の、誰かのパロディみたいですが、やる事が露骨で直接的です。
代わりに何かなればいいのですが、交通網もインフラですから、個人で思いつくのも限られているでしょう。インフラに近いところはコントロールが強制的でも効くのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、久しぶりの中距離旅行です。
品川に出て京急に乗り換えます。
川崎多摩川は相変わらず「お仲間」がいましたが、アレも実は賢くなければできませんから、窮地に陥ったら私の場合、生保になり後ろ指さされ、非国民と罵られ、顰蹙を買いながら余生を過ごす羽目になるでしょう。
そんなに生き急いでどうする?
京成や浅草線でもこうはいかない。大胆な高速運転をします。
田浦を通過します。
良い時代のころは、地方を題材にして作品が次々生まれましたが、ありきたりでフラットになった現在は中央でアイドルが出れば、みんな中央を真似する始末です。
ブルーライトも、これっきりですか?も、ここは横須賀も、ありません。
浦賀に着きました。
駅前はドック(船の溜まり場)があり京急の延長か?と思わせぶりな倉庫があります。
浦賀からひたすら歩きます。
鴨居神社。
八幡様です。
目の前は浦賀水道なので海運も守ってもらいましょう。
風が強いです。
薄着をして失敗しました。ウインドウブレイカーがBESTな感じです。
しかし、大潮ですから荒波は遠くにあります。
波打ち際で散策します。
色とりどりの海草が。
横須賀は漁業権町ですから、無闇な採集は慎みましょう。
時期を過ぎたヒジキ。
むかし、勝山の海村で家先を使いヒジキを干していた光景を見ました。アク(砒素)を抜くために茹でたり干したりを繰り返す何気に手間のかかる食材です。
しかし、ここまででかくなれば「ホンダワラ」と見間違えます。
カイメン。
いまは指を濡らすのもピンポン玉でやりますから、海綿の出番がありません。
海綿で指を濡らしたということは、次第に昔話になるのでしょう。
自然のオブジェ。
いまでこそ、動画配信があり上手い絵を撮りますが、売りたいを前面に出して、ウケ狙いなところがありますから、自然らしさが後退した印象を受けます。
「初めにモノありけり」
ではありませんが、本来は自然が先なのです。解説者が目立ってはいけません。
春先は彼らの産卵シーズンです。
浜の至るところに精根尽きた彼等が波に揉まれ、ウミソウメンがカラフルに落ちています。
見た目が味付けを忘れた焼きそばのようだ。
よく見ると、ツブツブが見られますから、時期が来れば子どもが生まれるのでしょう。
ネット上では、食べたり、お腹壊したりと情報にまみれていますが、食べない勇気も必要です。
→②へ
本が読めないわけは
先の本にありましたが、本が読めないのは本人の問題だけではないように思います。
貧困や労働の問題に詳しい松本さんなどは、流行りの本の内容が自身の生い立ちと合ってない、嘘描いていると言います。
文章も世に出す時は平均したものを出す訳ですから、内容が合う、合わないが必ず出てきます。
生い立ちから、それを経験していない場合は内容が嘘くさくなっても仕方ないことです。
変なはなし、ベストセラーの小説はアベレージに酔うというか、一般的にこんなもんだろう、という安心感や疑いがない場合に読めたり、納得できたりしますから、一般的に云々がない場合は、何いってんの?になります。
この「一般的に」というのは、ある程度働いて、生活して、物を買ってとか、いわゆる普通、並な現代文化のようなものがありますし、作家や編集者も世の中の傾向には合わせざるを得ませないでしょう。
私などは世の中に疎いですから、働いて喰って寝るの繰り返しなもので、読んで分かる本と分からない本は出てきます。
生い立ちが芳しくない場合、学園物やエリートストーリーなどは「何これ?」になりますし、劣等感を高めます。
エリートの高校生や大学生、若手社員などの麻薬パーティーなんかの描写を見ると「ああ、これが世の中なんだな」と妙に納得してしまいます。
彼らがその輪の仲で上手くいっているからです。
作家の願望と同時に世の中も描いていますから、それに合わない場合はフラストレーションが高まるのです。
ゆえに、本は読めないモノがあって当たり前です。
読めないものは何か?くらいは知っていていいでしょうが、ムリして読んで元気無くしていては、損です。
村上さんも本は中間マージンがあるから、値下げはできないと言うくらいですから、自分に適したものを選びましょう。
良質なものを大事にすればいいのです。
躁鬱的見方(躁鬱大学の場合)
坂口さんの躁鬱大学を読んでみました。
イラストの動物たちが象徴的な何かの差別化を無くしている。
自身のこれまでの気づきといいますか、躁鬱の人から書いた本です。
あの有名な精神科で躁鬱をやっている方も、書籍を出していますが、より若い人で意識を全面に書いたものはありません。
ちなみに、躁鬱とネットを探すと診断や特徴などがあがってきますが、躁鬱の人が躁鬱を意識的に…そして、前向きに、使えるように書いたものは多くありません。
私は躁鬱ではありませんが、躁鬱大学に載っている処世といいますか、内容は非躁鬱でも十分活用できます。
あの「神田橋語録」をベースに進めていますから、基準点から逸れることなく、かつ神田橋老師の軟らかなタッチと眼差しが躁鬱大学に優しく反映しています。
•́ω•̀)?
躁鬱といえば、むかしは循環気質などとも聞いたことがあります(躁鬱の嫌いのある人)。
そういえば、身近に循環気質な人にあったことがあります。
人間関係の扱いが上手く、柔らかい感じのある人でしたが、多分多かれ少なかれ人間は躁鬱の濃度差があるのかもしれません。
「神田橋語録」により、疑問や苦悩が氷解していったのでしょう。
老師の目は人間の・・・心身すらも透視します(特に身体や脳)。鍼やカイロ・整体、気功などにも通じていますし琉球の「花」の歌などを挙げているところは、本質的な優しさを感じます。
参考:精神科講義、心身養生のコツ
語録の中には「反省させると良くない。患者が元気を失うから」とありますが、躁鬱だけではない気もします。
中には反省をさせられ過ぎて具合が悪くなり来院したのもいなくはないでしょう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
話が逸れました。
神田橋語録は一昔前な感じがしなくない。
昔と違う点が今はありますから、現代版「神田橋語録」として、躁鬱大学の活用はよいでしょう。
いや、神田橋語録と坂口さんのコラボが躁鬱大学が生まれたといっていい。
躁鬱という体質に限らず、鬱や分裂病、神経症などもひとつの状態像として躁鬱大学を参考にみると、その体質にあったやり方や生き方が見えてくるかもしれません。