Nightapollon’s diary

元のブログが行方不明になり作り直します。時にディープな事を言いますがスルー(見逃)してください。

世の中のことアレコレ

「状態像からしても、その背景は複雑なことがある」

こんなニュアンスを河合氏は残しました。

あるものごとが、困難な場合は背景が単一なこともあれば、複雑なこともある。

 

ハウツーでない限り原因は複雑だが、対処が単一になりがちである。

逆に問題や原因は単一だが、処し方が複雑ゆえに、単一さを目指そうとすることが問題な場合がある。

 

たとえば、見苦しいことは叱ればよろしい。

これは原因を追求しないやり方で、かなり強権的なやり方でもあります。

ただ、いちいち背景を見ていたら仕事が進まないというのがある。

逆にいえば仕事(≒システム)に魂や人間性を持っていかれた状態でもある。

 

相模原の事件などは犯罪者(被告)が惨いといいます。

状況としてはそうでしょうし、あってはならないでしょう。

たぶん、もっと強く言う人は外道!とか鬼畜のやる事だ!と断罪するかもしれない。

 

一方で、あの被告は世の写鏡だという意見もあります。

要は世の中が彼を作り出したのだ、と。

四六時中、彼を見ている暇などあるわけありませんから、世の中が原因だとは言いきれないでしょうが、世の中からの間接的な影響から彼が影響されたとはいえそうです。

 

それにしても「○○は悪い」などは簡単に言えます。

善悪の判断などは子供でもできましょうし、タテマエとしての会話でも話の流れから良い悪いの判断してしまうことはあります。

要はコミュニケーションに過ぎませんし、一般論で話される判断なことがあります。

本質的な事が問われない場所でも状況でもありますから、自分の意見などは野暮になることも起きます。

 

しかし、状況をよくよく知ってしまうと、簡単なことは言えなくなる。

それでも言い切ってしまうのも居ますが、区切りたがる人格の持ち主かもしれません。

判例などで、生来の事情を鑑みるのが簡略化されつつあると言われますが、それも(たとえば)死刑などが出やすくなる一因だそうです。

 

まぁ、裁判となれば生活もありますから、早く終えて経済をやりたいという理由はわからなくありません。

とても庶民的な事情です。

しかし、外野が早くしろ!というのは、善悪を早く決着させる要因になりえるか?

基本、自分の生活が第一ですから無関心も加わって、深く追求しないということが起きるのでしょう。

興味が無い。

 

だいたい、結論は出てきました。

世の中は表層で回っているという事です。私のように面倒臭いヤツというのは、たぶん少ないのかもしれない。

面倒臭いから生産性が上がらないというのは当たっていますが、オマケに給料も上がらないとなれば、世の中の外野に近い考え方です。

 

表層というか、中層なり下層なり、時にはアチコチを行ったり来たりをするのもなくはない。

農耕文化が定位置を好むのが近代だとしたら、アチコチ行くのが前時代的なのか、マイノリティなのか、原始人なのか分かりませんが。

 

はぐれ者っぽい人の意見を聞くと、実に本質を突いた事をいい、良く物事を知っています。

それは、商売のレベルであって、ホントの事じゃないよ!とまで言い切りますから、これまた世の中というのが商売のレベルで充分だ!というのが分かります。